歌集は欲しいけど値段が高くて買いづらい……。
そんな方におすすめしたい安価で手に入る文庫版歌集を紹介します!
サラダ記念日 著者:俵万智
現代短歌歌集の金字塔。短歌をよく知らなくてもこの本のタイトルは知っている人が多いでしょう。
最初の出版から三十年以上が経つ本作ですが、収録されている歌は今読んでもまったく色褪せません。
『サラダ記念日』文庫版 34ページより引用
「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
おそらくこれは恋人同士が家でお酒を飲みながら会話しているシーンでしょう。平易な言葉選びと的確なシーンの切り取り方で、短歌を初めて読む人でも意味がくみ取れて尚且つ強い共感を呼ぶ歌になっています。
主体は彼が酔った勢いで出した「結婚」の話題を冗談として受け止めながらも、心のどこかで喜んでしまう。そんな心の繊細な動きがたった31音に込められています。
飲んでいるお酒が日本酒や焼酎じゃなくカンチューハイなのもポイントでしょう。カンチューハイにすることで、二人の若さや青さが引き立っています。
この歌の他にも本書には恋の歌を中心に様々な名歌が詰まっています。
登場するアイテムに時代を感じることはありますが、描かれる感情は今も自分のことのように受け止められます。
時代が経っても色鮮やかな一冊。一度は読んでみることをおすすめします。
手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ) 著者:穂村弘
トリッキーな歌が魅力的な穂村弘さんの歌集のなかでもとりわけトリッキーな一冊。
これは「まみ」から穂村さん宛てに送られてきた手紙をきっかけに作られた歌集とされ、穂村さんが「まみ」の目線で詠んだ歌が収録されています。
歌はどれも危うげなバランスの上に成り立っていて、読むと驚くほど「まみ」の人間性が伝わってきます。
『手紙魔まみ、夏の引っ越し(うさぎ連れ)』 52ページより引用
おやすみ、ほむほむ。LOVE(いままみの中にあるそういう優しいちからの全て)。
この歌は初めて読んだときあまりにも衝撃的で何度も読み返してしまいました。
初句が「おやすみ、ほむほむ。」の8音だったり、歌の中に句読点とカッコがあったり、英語が混ざってたり。はちゃめちゃな歌なのに、そのはちゃめちゃさがまみの不安定な純粋さと驚くほどリンクしています。
LOVEとだけ書かれるとライトな表現ですが、そのLOVEに彼女は自分自身のすべてを注ぎ込むように気持ちを込めています。この歌を読むとその捨て身なほど純な優しさに心がぐらぐら揺らされる心地がします。
上記の歌を始めこの歌集には他の歌集では接種できない中毒性のある魅力が詰まっています。
読み終わる頃にはきっと、まみなしでは生きられない体になっているはず……。
寺山修司青春短歌集 著者:寺山修司
劇作家としても活躍した寺山修司さんの歌を収録した歌集。
青春歌集とありますが爽やかな歌ばかりでなく、独特の荒廃感や無常感が漂うハードボイルド歌集の側面も持っています。
『寺山修司青春歌集』 164ページより引用
煙草くさき国語教師が言うときに明日という語は最もかなし
本来であれば言葉の持つ「意味」を伝えるはずの国語教師。
ですが彼はおそらく何かに絶望し諦めてしまっているのが「煙草くさき」から伝わります。そんな彼がこぼす「明日」という語は本来の意味を離れ、とてもかなしいものの象徴になってしまいます。
私はこの歌を読むと、よれよれのスーツに無精ひげを浮かべる男性の姿が目に浮かびます。
彼に何があったか分かりませんが、生来の真面目さや優しさゆえに心が荒んで行ってしまったのではないかと考えてしまいます。
このように本書にはどこか寂しさや諦観を感じさせる歌が詰まっています。
少々ヘビーな歌が多いため、読み切るのに時間がかかるかもしれません。
ただ上記のような歌に魅力を感じた方には、是非おすすめしたい唯一無二の空気感を持った一冊です。
春原さんのリコーダー 著者:東直子
歌人としてのみならず小説家・エッセイストとしても活躍する東直子さんの第一歌集の文庫版。
この歌集に収められている歌はどれもうっすらと「不穏さ」が漂っていて、それが読者を引き込む強烈なフックになっています。
『春原さんのリコーダー』 25ページより引用
いいよ、ってこぼれたことば走り出すこどもに何をゆるしたのだろ
一読すると母が子どもに対し「遊びに行っていいよ」などと声をかけた場面に見えます。これは日常生活で何度も目にするようなシーン。
ですが。この歌で母は「何をゆるしたのか」自問しはじめます。子どもは「遊び」ではなく何か「別のこと」をしてもいいか聞いてきたのではないか。もしかしたら子どもは走っていった先で何かとんでもないことをしてしまうのではないか。私は何か、取り返しがつかないことをしてしまったのではないか。
この一首を読むだけで一本のミステリーやサスペンスを読んだ気持ちになるのは、きっと私だけではないでしょう。
東さんの歌はどれもこういった「不穏さ」があり、それにより歌の真意を想像させる「引力」が発生しています。
『春原さんのリコーダー』は一首一首読者を立ち止まらせて読ませる、非常に読みごたえのある一冊になっています。
砂丘律 著者:千種創一
長らく手に入れづらかった歌集『砂丘律』の文庫版。
千種さんの歌はさびしく渇いた面があるゆえに、湿った妖しい面が際立つ独自の美しさがあります。
『砂丘律』131ページより引用
(口内炎を誰かが花に喩えてた)花を含んで砂漠を歩く
主体はきっと砂漠のうえを一人で歩いているのでしょう。目的があるのかないのかもわからない旅路のなか、ふと「誰かが口内炎を花に喩えていたな」と思い出します。
それからは花が自分のなかに咲いていることを慰みにしながら主体は砂漠を延々と歩いていく。
ここには砂漠という救いのない場所に一人生きるさびしさ。しかし些細なことが希望になると言う救い。そして、そんなことを救いにしなければ生きていけない虚しさが詠まれているように思えます。
この歌は本来なら結びつかない砂漠と花を、自身の痛み(口内炎)で繋げてしまうイメージの飛躍も美しいです。渇き(砂漠)と潤い(口・花)が互いに響き合い、イメージと感情をどこまでも広げていく一首。
本書にはこのように、常にさびしさや虚しさが漂っている気がします。その空気感が私は大好きで、読むたび心のなかに砂漠を広げています。
最後に
皆様いかがだったでしょうか。気になる一冊が見つかったでしょうか。
当然ながら、ここで紹介した以外にも素敵な歌集は世の中に沢山あります。
文庫版以外の歌集にも興味が出た方は是非下記記事もチェックしてみてください。